2025/07/04

Ψ 1

湿った草を踏みしめるたび、大地がかすかにため息をついていた。

その音は、低く小さなつぶやきのようで、私の歩みを静かに見送っていた。

水を含んだ小径は私の足音を吸い込み、やがてあたりは沈黙に包まれる。


音のない世界。

けれど、そこで植物たちは確かに生きていた。言葉ではない何かで息づき、私の肌に囁きのように降り積もっていく。

それは声なき命の存在感──耳ではなく、感覚で聞くものだった。


家にたどり着き、木の扉を閉めた瞬間、その音が静寂を切り裂いた。

そして、遠くで雷鳴が轟いた。

まるで地の果てからやってきたような、記憶の底に眠っていた何かが目を覚ましたような音。


雷鳴は、過去の咆哮だった。

忘れられた時の底から、名前のない想いに輪郭を与えるように。

それは単なる天候の音ではなく、私の中にある何か──ずっと語られなかった問い、置き去りにした憧れ、見つめられなかったまなざし──そうしたものが音に変わって姿を現したかのようだった。


ふと、冷たい床に素足で立ち、椅子に身を沈める。

雷鳴はもう遠くでしか響いていないのに、部屋の中に、そして私の内側に反響していた。

その残響に思考がふわりと浮かび、言葉にならない何かが耳の奥で震えている。


私の心もまた、ひとつの湿地だったのかもしれない。

穏やかな表面の下に、沈黙が潜み、語られなかった感情が堆積している場所。

その深みに響く雷鳴こそが、記憶という岩盤から漏れ出した小さな哲学だった。


だから私は、耳を澄ませる。

静寂の中に隠された声を拾うために。

あの雷鳴が教えてくれた。音のない言葉こそが、ときに最も深い意味を持つのだと。